「見えない神のかたち」 コロサイ人への手紙1章15−20節
イエス・キリストは教会のかしらであり、偉大なる神です。「御子は、見えない神のかたちであり、すべての造られたものより先に生まれた方」、であり、創造主なる神さまと永遠の昔からおられました。主は「見えないお方」ですので、アダムのような被造物ではありません。御子は御父と同じ本質を持つ支配者であり、私たちはこの神の御許に召されて憩いを得ています。また創造や救いのときには、父、御子、御霊なる三位一体の神の愛に満ちた共同作業があり、それによってすべての被造物が保たれていき、神のご計画が実現されていきます。すべては天と地にある目に見えるものも、霊的な存在や地上の主権・権威といった目に見えないものも、すべては御子にあって、御子によって、そして御子のために造られました。いかなる支配もイエス・キリストを超えることはできません。御子の支配の中で神の栄えが満ちるようにと神は御業をなされます。その中には私たちの益も含まれます。私たちは神はこの偉大なお方の御許で支えられていることを純粋に受け止め、感謝と喜びの中で歩んで参りたいと思います。
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2026年7月12日 説教要約
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説教要約 2026年7月5日
「御顔を仰ぎ見るには」 イザヤ書59章1-8節
私たちは主を愛しているなら、優しい言葉だけではなく厳しい戒めにも謙遜に耳を傾ける必要があります。それによって神さまからの確かな約束を受けることができるからです。神が人間の祈りを聞かれないのは神が力がないからではありません。人間の罪や咎が聖なるお方と私たちとの交わりを遮る壁となるからです。そうなると人間は神の祝福を得られない状態となります。これは人間にとって危機的状態です。人間は命を軽んじ、 偽りを語るが、義をもって訴える者はなく、真実をもって弁護する者もいない、それが罪の悲惨な現実です。それはまむしの卵をかえし、くもの巣をおると例えられるぐらい悲惨で不毛なものです。人間の罪の現実、神との和解はもはや人間自身の力では解決できません。人間があまりにも罪深いからです。神は人間たちが滅びるのをよしとされず、彼らのために唯一の救いの道を示されました。イエス・キリストを信じ、その教えに従うことによる救いです。私たちは神によって贖われ、買い取られた者ですから、聖霊に導かれて、真実なる新しい歩みへと進んでまいりたいと思います
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クリスマスおたのしみ会のお知らせ

教会では今年もクリスマスおたのしみ会を開催します。体を動かして、パペットを観て、クリスマスパパフェをつくって楽しくクリスマスをお祝いしましょう。ぜひ来てね!!
日時:2025年12月14日(日)午後2時〜4時
参加費:無料
対象年齢:未就学児〜小学6年生
会場:岸和田東聖書教会(駐車場あります) -
「幸いな良い知らせを告げる足」(6月29日 主日礼拝説教要約)
7節の「良い知らせ」とは、6節の「ここにわたしがいる」という神のご臨在のメッセージのことを指します。主がともにおられるということは選ばれた民に神の守りと祝福があるということです。足は体の中で最も汚れやすいですが、平和、幸いな良い知らせ、救いを告げ知らせる足はそれでも美しいといいます。「・・神は王であられる」というのは、主が選びの民を完全に守り祝福してくださるということです。主が支配者であられることの幸いを民は味わいます。主はご自身の福音を伝えさせるために人を用いられます。バビロンから帰ってきたエルサレムの住民は歓喜の声を上げます。まず城壁を守る見張りが、さらにエルサレムの廃墟が神への賛美が響き渡らせるとあります。神の救いを受けた人々は大声をあげて喜び合います。私たちもまた神の御腕の中で救われました。そしてすべての民があのイスラエルの民の解放について知るのです。主に救われた人たちはあらゆる汚れから自分を遠ざけます。救われた私たちは今神の道を進むのです。私たちは心静めて神を仰ぎ見、神の栄光を表しまいりましょう。
